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sonihouse Owners Vol. 01
金宇正嗣(金宇館)|前編

sonihouseは、これまで日本各地へ、ときには海を越えてスピーカーを納品してきました。私たちの製品を選んでくださった方たちと話をしていると、深く共感することや忘れがたいお話を聞くことも少なくありません。「sonihouse Owners」では、そんな対話の一部をご紹介します。

昭和3(1928)年創業。長野県松本市美ヶ原高原の麓の里山に佇む温泉旅館、金宇館。4代目館主・金宇正嗣さんは、創業から100年の節目に向けて旅館のシンボルである木造3階建ての本館の大改修を行い、あと100年残る宿屋を目指すという大きなプロジェクトに取り掛かっています。そして、4月1日のリニューアル・オープンに際して、本館1階に設けられた中庭の見えるラウンジ・スペースに“sight”を導入していただきました。どんな想いで今回の大改修に臨んだのか、そして金宇さんにとっての「100年」とは。お話を聞いてきました。

100年続く家業を継ぐ

sonihouse 鶴林万平(以下、鶴林):はじめに、この旅館を継いでから今回の大改修に至るまでについて聞かせてください。

金宇正嗣(以下、金宇):跡継ぎとしてこの旅館に立ち始めたのは 2009年、およそ10年前です。子どもの頃から両親の後ろにくっついて旅館のお手伝いをするのが好きで、お客さんには「跡継ぎ!」と呼ばれていました。そういった環境に身を置いていたので、家業を継ぐことに大きな迷いはありませんでしたね。高校卒業を前に、教員を目指していた兄と話をして、素直に「僕が家業を継ごう」と。その頃から、いつか大きな改修をして建物を健全な状態にしないといけないな、とは思っていました。

鶴林:かなり早い時期から決断されていたんですね。

金宇:はい。ただ、その頃の僕は古いものの価値をひとつも分かっていませんでした。大学の観光学部で学んでいた当時、デザイナーが旅館の改装に携わり、デザインで付加価値を生む宿が流行っていました。それを雑誌で見て、単純に「かっこいいな。うちの旅館も壊して、かっこいいのつくりたいな」って思っていたぐらいで(笑)。

鶴林:意外です(笑)。金宇館には、長い年月を大切に積み重ねきたからこそ生まれた、一からはつくれないかけがえない価値がありますよね。

金宇:そうなんです。僕の場合は距離を置いてこの旅館を見ることで、その価値に気付きました。というのも、大学に通いながらたまの休みに里帰りして実家に帰ったあるとき「この建物はほかの旅館と比べてなにか違う。きっと大事にされてきたものなんだ!」と。大学卒業後は、那須高原にあった「二期倶楽部」というホテルに就職し、そこで修行した2年間の間に本物の建築やサービスに触れることができました。そしたら、なおさらうちの旅館が特別なものだということに気付けたんです。その後、銀座の和食処で料理を覚えてから、この旅館に戻ってきました。

大正時代の終わり頃、当時瓦屋を営んでいた曽祖父が屋根から落ちて怪我をし、その療養中に温泉を掘ることを閃いたことから、3年の歳月をかけて今の源泉を掘り当てたという。そんな、100年近く前の怪我の功名から金宇館の歴史がはじまった。

鶴林:今回の大改修のテーマに「100年」という数字が掲げられていますが、金宇さんにとって100年ってどういう数字なんでしょうか。

金宇:100年って、わりと身近です。なぜなら、100年前からのものが目の前にあるので。うちの旅館には父や祖父の代で改装した部分もありますが、ふと「良いな」と思うものは天井や床板といった当初の基盤部分なんです。なので、これを見本にして丁寧に旅館業を続けていけば、次の100年に繋がると思っています。それに、先代・先々代が苦労しているのを見聞きするなかで、自分の代でもちゃんと守って100年くらいは繋げたいなと。

鶴林:100年が身近って、すごいことですよね。音響の業界に置き換えてみると、民生用スピーカーの歴史がちょうど100年くらいなんです。旅館業に比べると、とても浅い。現在のスピーカーの原型が確立された当時、「音が出る」ことは最先端科学であり画期的なことでしたが、いまなおそのメーカーに権威があり、評価されているかというとそうでもない。古いスピーカーを大切に使っているマニアの方たちはいますが、100年前の功績や意志を継いで、それに憧れるというような価値観はないんです。

今回の大改装では、床板をいったん全て剥がして保管し、基礎を補強してから貼り直した。欄間の装飾も建築当初のデザインをベースにつくるなどして、新旧混じり合う雰囲気が醸されている。

感覚をひらく「おもてなし」

金宇:そういったスピーカー黎明期につくられたヴィンテージ・スピーカーは、経年によって音が悪くなるんですか?

鶴林:当時の音源を、当時のシステムを使って鳴らしたら、いまでもすごく良い雰囲気で聴けると思います。ただ、現代の音源を聴こうとするとどうしてもバランスが悪くなりますね。当時の技師たちは、その時代の機材・音源を想定してつくっているので当然といえば当然です。僕たちのスピーカーでいえば、古い音源もよく鳴るとは思うのですが、選ぶとしたら現代の音源がいちばん良いかなと思います。

金宇:うちの旅館の場合、sonihouseのスピーカーからは心地いい時間を演出する音楽が鳴ってほしいですね。旅館の音のなかに溶け込むような音楽です。庭からの風の音や鳥のさえずり。古い建物だから床が鳴ったり、ドアの開け閉めの音もします。新しいホテルでは聞かれない、うちならではの音です。そういう音のなかで響いて、空気感をつくってくれたらなと思っています。

鶴林:解像度の高い音質で世界観をつくるというより、風景としての音を求めていると。

金宇:そうですね。それに、この辺りはすこし山を登れば茂みに入ってしまうくらい、街からも離れていて本当に静かです。そういった環境とも馴染んでほしいですね。

鶴林:完全な静けさは、ときに緊張感や圧迫感を伴うこともありますよね。静寂のなかにも、外からの音が気持ちよく聴こえて、雑音と思われているものが実は心地良さに繋がる。それはまさにsonihouseの目指しているところでもあります。そういったものノイズと捉えて排除する考えもありますが、僕たちのつくる音環境はそれらも取り込んでいきたい。人の営みのなかで元来あった人の気配や雑音を徹底して排除してしまうと、不気味に感じることも多いです。

スピーカー設営直後の一コマ。家具・什器が入る前のラウンジ・スペースに腰をおろし、試聴しながら庭を眺め、オープン後の風景を想像した。

金宇:本当にそう思います。うちは、部屋に籠もるための宿ではないんです。つまり、他の人の気配を消したプライベートなだけの宿にはしたくない。なので、部屋にはお風呂を付けず、ラウンジなどのパブリックスペースを充実させました。お客さん同士と宿のスタッフがそれぞれに良い距離感を保ちながら一緒に時間を過ごすことができる、ちょうど良い感覚を持っていたいです。

鶴林:「ちょうど良さ」って難しいですよね。僕はsonihouseのスピーカーを使ってコンサートの音響をすることもありますが、そのときまさに「ちょうど良さ」を意識しています。例えば、声とピアノの音量だとピアノのほうが大きくなるので、ピアノと声の音量のバランスを考えて「ちょうど良い」トータルの音量感を探る。歌っている人が届いてほしい音量をイメージして、聴いている人に自然に届いている、そんな状況をつくっています。

金宇:旅館のおもてなしの感覚と、とても似ていますね。

鶴林:先ほど庭の音の話がありましたが、自然音を心地よく美しいものと感じるのは、人がもともと備わっている感性だと思います。お客さんにそれを改めて感じられるように「ちょうど良さ」を演出するのは、人の感性を信じているからこそできるおもてなしではないかなと。金宇館に宿泊したら、感性がひらかれるのでは。そんなことを想像しました。

後編に続く

プロフィール

金宇正嗣(かなう・まさつぐ)
1983年生まれ。「金宇館」4代目。地元の高校を卒業後、立教大学観光学部に入学。卒業後、栃木県那須「二期倶楽部」に就職し2年間の修行を積み、その後銀座の和食処で料理を学ぶ。2009年に帰郷し、2017年より「金宇館」4 代目を継ぐ。
http://kanaukan.com

取材・文 浅見旬
写真 sonihouse

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